つれぬ夜未だ明けじと走る
私は、もう、ずっと夜を追いかけていた。
沈む月の光を、朝靄に烟れ掠れる暗い帳を、顔を隠すように消えていく星を、この目に焼き付けてきた。夜は私を嘲笑って、気紛れな花売り女の顔で暁の光の中に消えていく。
肩から下げた遠眼鏡をぐいと引っ張って、消えそうな星を覗いた。ゆらゆら薄紫に変わりゆく空に一つだけ輝いていた星も、数刻経つとふ、と靄の中に消えてしまったのだった。
「君は知っているか、朝は必ず来るんだということを」
朝、宿に帰ってきた私を迎えた友人が呆れ顔で、卓についた私の目の前に温めたミルクを置いた。眉毛の尻を下げた彼の目は、「もう諦めろ」と言っているようだった。
「知っているとも。では君は知っているか? 夜も必ず来るんだということを」
「本当にどこまでも頑固だな、君は。昔からそうだ!」
「そうだとも。私は夜の虜だ。これは生涯変わることがないね」
何が君をそうさせるんだ、と友人は少し怒ったようにグラスに入った水を呷った。私は私で、温かいミルクの入ったマグを両手で包んでいる。夜通し走り回って疲れた体に沁みる、優しい温かさだ。友人の気遣いが知れる。
「友よ。夜はね、決して立ち止まることがない。早馬よりも、夜を徹して飛ぶ渡り鳥よりも、何よりも早く駆け抜けていくんだ。その身に星と月を携えてね。素晴らしいじゃないか! それを解明してみろ? 私は時を超えるに違いない!」
「君の目的は時を超えることなのかね? くだらないとは言わんが無茶にも程がある。自分の身を見ろ。胸に手を当ててな。私が言えたことじゃないが、そろそろ身を固めたらどうだね」
「天空の彼方にあんなに美しい女がいるのに、他の女にうつつなんかぬかしていられないよ。次こそは追いついてみせるぞ。彼女の髪を掴むんだ」
恋に狂う男である私を見て、友人は肩を竦めた。もう何も言わず、カウンターの向こうで皿を拭いている。マグから昇る湯気を吹いて、私はミルクを啜った。
友は笑って、疲れているだろう体を気にも留めず、また夜に駆けていった。
それが最後だった。店に来る冒険者たちに依頼を出して、方々を探してもらった。しかし彼は見つからなかった。どこにもいないのだ。
彼をよく知る隣の家のジイサマなんかは、またひょっこり帰ってくるだろうと遠くを見て呟いていた。朝焼けにジイサマの影が焼き付いて、妙に眩しかったのを覚えている。
雨が降る。今日は月も星も、友の言うところの美しい黒の帳も見えないだろう。どこをほっつき歩いているのか、便りがないのは元気な証拠とよく言うが、人の気も知らないで、全く友達甲斐のないやつだ。
そんな寂しい夜に、私は窓の外を、空を見上げて、もしかしたら本当に夜に追いついてしまったのかもしれない友を想うのだった。