茶、紫、白、君、夜、あ、あか。
私は、もう、ずっと夜を追いかけていた。石畳の隙間からすら根こそぎ奪われていくようなそんな夜を。孤独に苛まれる昼を抜けた先の君がいる夜。
建物の間から差し込む陽光が鬱陶しい。人であって人ではないような、そんな現実を突きつけてくる太陽が、いつからか嫌いだった。
路地裏の奥に入り込む。陽が登ろうとも光の差し込むことがないそこは、私を閉じ込めるための迷宮のようだった。
割れた花瓶、ささくれ立ってカビの生えた木箱、薄汚れて破けた布。要らないものの吹き溜まり。そんなところに来るのは特異なひとだけ。つまりは、君だけだった。私と同じなのか、夜しか、来ない。太陽に嫌われているのか、それとも通りを歩く人間に嫌われているのか、どちらもなのかはわからない。けれど、綺麗ないい匂いのする服で、さらさらと流れる髪、垢もないきめ細やかですべすべの肌は、きっと誰もが好いている。
食べ掛けの、肉をぶちぶちと噛みちぎる。これが無いと生きていけないのだから、私は太陽にも人間に嫌われているのだろう。でも、人間だって肉を食べるのだから、変わらない。
ぼんやりと宙を漂う気配を追いかけているうちに、じんわりと忌々しい太陽が地平線に沈み行き、優しい藍色が空を塗り替え始めた。吹いた風が少し肌寒くなって、青白っぽい肌をさする。地面が冷え込んで裸足の足が痛い。
帰り道を急ぐような喧騒から追い立てられるように、また路地の奥へと逃げていく。
今日もまた、君は来ない。
その土より薄い茶の髪を、ひび割れた石の隙間から生えている花と同じ紫の瞳を、待っている。名前を知らない。けれど、知っている世界の中で一番優しい夜の君。思い出すだけで腹の奥がじわりと温まるようなそんな心地になる。
毎夜、汚れを知らない無垢なほどに真っ白の服を翻して、君は笑う。こんなところから出ようと私を誘う。
染み込み乾き切って、すっかり擦り減った、あかを踏んだ。