top of page
kazukiphotomon08_TP_V_edited.jpg

いつか青天井にさよならを

 私は、もう、ずっと夜を追いかけていた。

 冷蔵庫から缶を出す。家に来た友人がこの冷蔵庫を見て驚くこともあるが、私はわざわざ少し力を入れて引かなければならないこのドアを気に入っている。木目タイルの上をぺたぺたと歩いて、椅子に座り、台の上に置いたテレビにリモコンを向けてボタンを押す。そんなものを買うくらいなら昔買っていらなくなったものをくれるとお隣のおばあちゃんが言ってくれたが、台の上に置かないといけないこいつもちょっとかわいくはないだろうか。今日は外出の予定もないので、化粧はしない、つもりでいる。一応着替えておこうか。そう思い服を脱ぎ始めたところで、市長さんのスピーチが窓を貫通して聞こえてきた。なんとなく窓から外を眺める。相変わらず天井には汚れ一つない。清掃員の人はすごい頑張っているんだろうななどと、エネルギー缶ビーフシチュー味を飲みながら思った。

 市長さんの話によれば、今日でこの人口惑星は設計200周年らしい。定期的なメンテナンスのおかげで今でも住めているとアピールしている。まぁ、そうでなかったとして、この人工惑星が爆発してしまえば私たちはそのことにも気づけないまま死ぬだろう。最初に人類が住んでいた地球という天然惑星の写真を見たことがあるが、あんな水だらけの星に人が住んでいたなんてとても信じられない。湿気が大変そうだ。昔は南極、北極という氷の塊があったそうだ。

 私の住居区域での暮らしは決して悪くない。それどころか、この人口惑星の中で見ればおそらく中の上、それなりに贅沢できている部類だ。家にもわざわざドアを開くなんてレトロデザインの冷蔵庫を置いてみたり、テレビも浮遊モニターではなく台の上に置く必要があるような遊び心あるものを置いてみたりするくらいには遊ぶ余裕がある。

 その頃は特に将来の仕事の希望なかったのでダラダラと本を眺めていたある日、私は空を知ってしまった。紙なんて脆いものに記録していた時代の本で、よくデータに残せたと思う。皆は上にあるアレを空と呼んでいるが、私は空とは認めない。ただの天井だ。スプリンクラーではなく雲が雨を降らせ、天然の太陽が照らす、本物の空。そして、天井の色が暗くなるような子供だましではない、地球の外がある月や星というものが輝く美しい時間。それが本物の夜らしい。

 この人口惑星は基本的にあの天井で覆われている。だから本物の空は、基本的に見れない。方法がないわけでもない。天井の内側は清掃員さんが掃除してくれているが、じゃあ外側はどうするのか?外側にも天井を点検する人がいる。その人達は空に晒される、とっても危険な職業らしい。社会見学に行った時も、怖くてたまらないなんて正直に話してくれた人がいたりした。

 私はそこで務めるために、国家資格の勉強をしている。少し鍛えなければいけないだろうか。自分の肉をつまむ。全体的に平べったく痩せ気味らしいが、まぁ筋肉を少しくらいつけておいたほうが作業には適しているだろう。そしていつの日か外で働けるようになったなら。

 ここは地球でも天然惑星でもない。だから、月は諦めよう。それでも、きっと夜の空で光っている星というものは、想像を絶するほど美しいのだろう。私は、だから、これからも夜を追いかける。

bottom of page