ソワレのダンス
私は、もう、ずっと。夜を追いかけていた。
金色の髪の子が苦しそうに言います。
対する黒色の髪の子は、くすくす笑っておりました。
ふたりは幼い時からずっと一緒に過ごしてきました。
画家であるお父さんのように絵筆を持ち、カンバスに向かい始めます。
その筆が描き上げるのは、魔法がこめられた絵画でした。
「見ていると何だか元気が出る」──村の人は、それを昼の魔法と呼びました。
「見ていると不思議と落ち着く」──村の人は、それを夜の魔法と呼びました。
お父さんは、ふたりの魔法の力を、お金儲けや悪いことには使いませんでした。今まで通り「好きなものを描きなさい」と自由を与え、そうすると、ふたりは揃って昼夜の景色を描きました。
子供たちは成長し、街でも有名な画家になりました。魔法の絵画は噂になり、今ではあっちこっちの家に美しい絵が飾られています。
そんなかれらは今日も街の人に頼まれ、絵を届けた帰り道を、ふたりでのんびり歩いていたところでした。
「私の絵ではお前のように人を温められないな」
かたわれが、急にそんなことを言い出しました。
「……僕みたいに?」
「ああ。お前の絵は……、昼の魔法は、人を幸せにする。太陽のように輝き、光のもとへ導いてくれる」
こずえの合間を縫って降りかかる陽光に、葉緑や灰石に土茶、薄橙も金も黒も、きらきらと照らされています。
「私の名前や姿は、かたちばかりだ。なあ、本当はずっと、お前のことを……」
そして、金髪の子は、苦しそうに言いました。
「ミニュイ──夜──、お前のことを、追いかけていた」
金髪の子供はミディ。太陽に似たきらめく色の子は、人を落ち着かせる夜の魔法を扱いました。
黒髪の子供はミニュイ。闇藍のように深い色の子は、人を活気づかせる昼の魔法を扱いました。
「仕事がうまくいく」「一日が元気に過ごせる」と、昼の魔法の絵を好む人はたくさんいました。絵を見て幸せになってくれる人たちの姿を、ふたりも好いていました。
しかし、だからこそ、金髪のミディは、少しずつ悲しく思うようになりました。
「私の絵では、人々に明るい一日を与えることはできない。人を幸せにするには、私は無力だ……」
黒髪のミニュイを羨んだり、悔しがったりしたのではありません。ただ悲しかったのです。
ずっとそばにいた片割れに置いていかれてしまうようで、苦しかったのです。
ですが、それを聞いた黒髪のミニュイは、くすくすと笑って答えました。
「おかしなことを言うじゃない。こんなにずっとそばにいるのに。追いかけていたのは、僕のほうなのに」
はたとまばたいたのはミディです。予想外の返事におどろいてしまって、何も思い浮かびません。
「確かに昼の絵は人を幸せにするよ。君が言うんだ、間違いない」
「なら……」
「ただ! 君は勘違いしている」
手を広げてぐるんと一回転。黒髪がくるりと回りました。
「僕の絵では……昼の魔法では、人を休ませることはできない」
ミディを足止めするように前に立って片手を出します。言葉を続けながら、合わせて指折り数えます。
「眠れなくて泣いている人の手を握ることはできない。闇が怖い子供に寄り添うこともできない。一人になりたい人に安息を与えることだって」
「……」
「それに。ミディ──昼がいないなら、ミニュイ──夜に意味はないよ。逆も然りだけどね」
夜が訪れなければ、昼というものはありません。
藍色と黒にくるまれた安息の夜があるからこそ、白と金色が照らす明朗な昼があるのです。
「まったくそんなこともわからないのかい。ミディ、君はいつから孤高になったんだ?」
五つ数えてできた拳が、ぽんぽんとミディの胸元を叩きます。黒い瞳が冗談っぽく細むと、ようやく金の瞳も安心したようにほころびました。
「……悪い。おかしなことを言った」
「本当だよ。僕を詩人に転ばせる気かい」
「才能はあるんじゃないか?」
こうしてふたりは昼と夜の絵を描き続けました。
夜を追いかけ、昼を追いかけ、ミディとミニュイは、ずっと仲良く暮らしたとのことです。
おしまい。